1. 「静岡県」をひとくくりにするのは、法律で禁止しません?
お疲れ様です。伊豆半島の南の果てから、今日も「脱出」を試みている50代おっさんです。
突然ですが、全国の皆さんに、そして同じ県内の皆さんに声を大にして言いたい。
「静岡県って、ひとつじゃないよね?」
よくメディアで「静岡あるある」なんて特集が組まれますが、
あれを見るたびに伊豆南端、賀茂郡民は首を傾げています。
一応、住民票は静岡県にあるんですよ。
でもね、静岡市や浜松市の話題を振られても、
我々からすれば「へぇ〜、お隣の国(というか海(駿河湾)の向こうの国)ではそんなことが起きてるんだ」くらいの温度感なんです。
そもそも、静岡県はデカすぎる。東西に長すぎる。
伊豆南端の人間にとって、県庁所在地の静岡市に行くのは「決死の遠征」であり、
浜松市に至っては「パスポート作ったほうがいい?」というレベルの異世界なのです。
2. 勃発!「静岡vs浜松」戦争?…すまん、眼中にないわ!
巷では「静岡市と浜松市、どっちが都会か?」という、
いわゆる**「静岡・浜松戦争」**なるものが繰り広げられているらしいですね。
政令指定都市同士のプライドをかけた戦い。
商業施設がどうだ、人口がどうだ、新幹線ののぞみが止まらないのがどうだ……。
……正直、どーーーでもいい!!
伊豆南端の人間からすれば、その争いはもはや「雲上の神々の喧嘩」です。
どっちが栄えていようが、我々の生活には1ミリも関係ありません。
なぜなら、そこに行くまでが地獄だから。
最短ルートを調べても、浜松まで4時間。
静岡市だって天城越えして高速をぶっ飛ばして3時間。
これ、東京に行くのと大差ないですからね。
というか、下手をすれば東京に出る方がスムーズ。
「同じ県内だからたまには遊びに来いよ!」なんて気軽に誘わないでください。
それは「散歩がてらブラジル来いよ!」と言っているのと同義です。
3. 伊豆脱出まで2時間。ここは「陸の孤島」という名の王国
ここで、伊豆南端のリアルな距離感をご紹介しましょう。
我々が「ちょっと県外の空気を吸いに行くか」と思い立って車を走らせたとします。
そこから「伊豆半島」という名の魔境を抜け出し、
いわゆる「シャバ(三島や沼津あたり)」に出るまでに、ノンストップで2時間かかります。
2時間ですよ? 他県なら県境を2つくらい越えていてもおかしくない時間です。
我々は2時間車を走らせて、ようやく
「あ、ここからが静岡県(のメインストリート)か」とスタートラインに立てるのです。
そこからさらに静岡市へ、浜松市へ……。もはや「他県」という言葉すら生ぬるい。
移動距離と疲労度を考えれば、伊豆南端民にとって
静岡市は「いつかテレビで見たあの景色」、
浜松市は「本で見たことがある歴史上の伝説の都市」くらいの距離感なのです。
4. 「静岡弁」の嘘と誠。しょんないなんて言わねーし!
さて、本題の言葉の話に移りましょう。
YouTubeやリール動画でよく見る「静岡弁講座」みたいなやつ。
「だもんで」「〜だら?」「しょんない」
……いやいや。
「しょんない」なんて、こっち(伊豆南端)じゃ言わねーから!
もちろん、テレビの影響で意味はわかりますが、
本来の伊豆の言葉と、静岡市や浜松の方の言葉は別物です。
静岡弁と言えば、語尾に「〜ずら」をつけるイメージがあるかもしれませんが、
あれも地域によって絶妙にニュアンスが違います。
浜松の方で「この地名読めるかな?」なんていう地名クイズ動画がバズっていますが、
こっちからすれば「そっちこそ伊豆の難読地名読めるんか?」と問い詰めたい。
ここで、浜松市民も静岡市民も、ましてや他県民も一撃で黙らせる
**「伊豆南部・難読地名」**を召喚しましょう。
【伊豆の難読地名・あなたは読めるか?】
吉佐美:下田市。「きさみ」です。この辺はカンでもいけるかな?
田牛:これは南伊豆。「とうじ」です。
婆娑羅峠:松崎町と下田市の境「ばさらとうげ」です。昔は姨捨山だったとの伝説があります。
安良里:西伊豆町「あらり」。隣地区の宇久須「うぐす」も難しいがこちらはカンで読めそうなので。
どうですか? 「静岡の地名が読めたら〜」とか言って、
静岡中西部の地名だけ上げてる動画の投稿者に、
ぜひこのリストを送りつけてやりたい。「お前、これも読めるんか?」と。
5. 「伊豆なら毎日富士山見えていいよね」という呪い
さらに、観光客や他県民から浴びせられる「最大の誤解」を解いておきましょう。
「伊豆に住んでるなら、毎日綺麗な富士山が見えて最高だね!」
……あのね、見えんのですよ。
正確に言うと、場所によっては見えるんです!雲見のあたりとか!
しかーし、伊豆は「半島」ですが、その実態は「険しい山」です。
土肥の恋人岬あたりを越えると、高い山の上にでも登らない限り、
伊豆南部賀茂郡の日常生活に富士山は登場しません。
朝起きてカーテンを開けたら富士山ドーン!なんて生活をしているのは、
ごく一部の選ばれし民(西伊豆の海岸線や富士・沼津市民)だけです。
我々が見ているのは、荒々しい駿河湾と、鬱蒼と茂る天城の山々。
富士山が見えないからといって、「偽物の伊豆」だと思わないでいただきたい。
6. 伊豆南端民の「あるある」で綴る、切実な日常
最後に、我々「伊豆合衆国・南部」の住人なら首がもげるほど同意してくれるであろう、
あるあるをまとめました。
「天城越え」は歌じゃなくて「作業」:石川さゆりの歌を聞いて情緒に浸っている余裕はない。
あれは「チンタラ走ってる車(主に軽トラ)の後部をずっと見せられる我慢の時間」である。
コンビニの「次」までが長い:一つ隣のコンビニに行くのに車で15分かかるのはザラ。
「明日、静岡(市)行ってくる」が、ちょっとした旅行の報告:家族から「気をつけてな」と送り出される。
いやおっさんが若いころは沼津行くのも小旅行だった。
土産の「みやこ饅頭(通称:西武饅頭)」は今では味わえない逸品。
ガソリン代が日本一高い(気がする):運搬コストを考えれば納得だが、財布は泣いている。
なぜ東海道とこれほど差があるのか。
猪や鹿はライバル:もはや野生動物は生存競争相手。
最近では野良猫も道のど真ん中で日向ぼっこしている。
結論:静岡県は「連邦制」にするべきである
結局のところ、静岡県をひとつの県として定義すること自体に無理があるんです。
都会のプライドを燃やす「中部・西部(静岡・浜松)」
富士山の恩恵を一身に受けながらも3位争いにいとまがない「東部(の富士、沼津、三島)」
静岡に身を置きながら首都圏の方しか向いてない「熱海、伊東」
そして、独自の時空で属国以下「伊豆南端賀茂郡」
我々は同じ「静岡県民」という看板を掲げてはいますが、その実態は**「静岡連邦」**。
もし、他県民のあなたが伊豆南端の住人に
「静岡市ってわりと都会だよね」と話しかけて、微妙な苦笑いを返されたなら。
それは彼が心の中で「……行くのに3時間かかるけどな! あんなの他県だろ!」
と叫んでいる合図だと思ってください。
「静岡はひとつ」なんて幻想は捨てて、それぞれの地域の「遠さ」と「言葉の違い」を愛でる。
それが、この広すぎる県と付き合う唯一の方法なのです。
今回は私の行きつけ「マックスバリュー松崎店」にてタイトル画のポテチを見つけたので、
こんなエッセイを綴ってみました。
※静岡弁まるだしばかうまい!ポテトチップス~塩味だらぁ~税抜¥178(込¥192)
味は……普通のポテチかなっwww


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