私の好物は何かと聞かれたら、迷わず「焼きそば」と答えます。
その理由は、単なるB級グルメとしての美味しさだけではなく、
子供の頃に体験した忘れられない原体験があるからです。
今回は、私のソウルフードとなった静岡県松崎町にかつて存在した
お好み焼き屋「浪花(なにわ)」の焼きそばの思い出を語ります。
田舎の焼きそば事情と衝撃の出会い
私が幼少の頃、
この町、松崎町で「焼きそば」といえば、袋入りの乾麺が主流でした。
黄色っぽい袋の、麺を水で煮て水分が飛んだら完成する今も売っているアレです。
当時の田舎の台所には、水を正確に量る計量カップなどというアイテムはなく、
もちろん水の量は目分量。
その結果、べちゃべちゃになるか、麺が煮えていない超アルデンテ状態になるのが常でした。
私はかた焼きそばだけは苦手なのですが、
その原因はこの幼い頃の食体験にあるのかもしれません。
そんな中、画期的なカップ焼きそば「ペヤング」が我が家に登場し、
初めて「これが本当の焼きそばの硬さなんだな」と感動したことを覚えています。
しかし、その認識は覆されることになります。


松崎町にオープンした「浪花」と鉄板の上の衝撃
しばらくして、大阪から親戚の叔父夫婦が松崎町に帰郷し、
お好み焼き屋「浪花」をオープンしました。
ケチ…節約家の父があまり外食に連れて行ってくれない中、
この「浪花」には、よく連れて行ってもらいました。
お好み焼き屋ですから、お好み焼きが美味しいのは当然です。
しかし、当時の私は、袋麺やペヤングとは違う「焼きそば」というメニューに妙に惹かれました。
「おばちゃん、焼きそば食べてみたいんだけど」
そうお願いすると、「あいよ!」と叔母はおもむろに鉄板に向かい始めます。
豚肉を鉄板に広げる:プロ仕様の容器から胡椒がパラパラと振られ、気持ちが高まります。
イカを投入し、二つのヘラで器用にかき混ぜる:袋麺やペヤングとは全く違う、プロの雰囲気がプンプン漂います。
野菜を投入:この時点で、もう美味しい野菜炒めが約束されたようなものです。
そして、ついに見慣れないものが出現します。
叔母が袋を破って野菜炒めの上に乗せたのは――**「生麺」**でした。
叔母は水を一振りし、大きなコテを「チャンチャン」とリズミカルに鳴らしながら麺をほぐしていきます。
おそらくこの時の私の瞳は、期待に満ちた少年のように輝いていたでしょう。
もちもちの生麺と香ばしいソースの香り
そして、ソース投入。
ジュージューと鉄板で焦げる香ばしい匂いが立ち昇ります。
仕上げに鰹節と青のりが振られ、磯の香りが加わると、私の興奮は最高潮に達しました。
「はい、できたでぇ!」
大きなコテで鉄板の淵に寄せられたその「焼きそば」は、
今まで私が知っていたものとは全く違う、まさに本物の焼きそばでした。
口に運んだ瞬間の衝撃は今でも忘れられません。
「何じゃこりゃ!」
今まで当然と思っていたペヤングの麺は、
やはりインスタントのものだったと思い知らされました。
そのもちもちとした食感は、ジャンキーさが微塵もなく、
純粋に「美味しい!」と心から感じられるものでした。
それ以来、この「浪花」では焼きそばばかりを注文するようになったのです。
忘れられない味:松崎町「浪花」の焼きそば
この「浪花」の焼きそばとの出会いが、
私の焼きそばの原体験となり、そして「ソウルフード」となったのです。
今、この記事を読んでくださっている方の中には、
「よし、松崎町に行ったら浪花に行ってみよう」
と思ってくださった方もいるかもしれません。
しかし、残念ながら、浪花の店主であった叔母は10年以上前に他界し、
お店も暖簾を下ろしています。
あの鉄板の上でコテを鳴らしていた叔母の姿も、
ジュージューという音と香ばしい匂いも、
今は私の記憶の中にしかありません。
けれども、その閉店から長い年月が経っても、
あの時食べた浪花の焼きそばは、私にとっての焼きそばの基準であり、
永遠に色褪せないソウルフードであり続けています。
松崎町は、私のソウルフードが生まれた自然豊かな場所です。
お店はなくなってしまいましたが、
ここには美しいなまこ壁の街並みや、
四季折々の風景を楽しめる海岸線など、訪れる価値のある魅力がたくさんあります。
もしこの記事で松崎町にご興味を持っていただけたなら、
ぜひこの美しい町を訪れ、あなた自身の新しいソウルフードや特別な思い出を見つけてみてはいかがでしょうか。





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