情熱大陸の話【ソムリエ呼称試験当時の話】

まあ、自己紹介の時は箔をつけたかったと書きましたが、

なんでソムリエ資格を取ろうと思ったのか。

よく思い出してみたところ、

思い当たる節が一つ。

ワイン沼の入り口と情報収集

ワインの勉強を始めると、

調べれば調べるほど新しい知識が出現してくるので、

その膨大な情報量に感動するとともに、

情報の地平線がどこまで行っても見えない状況であったわけで、

「いやぁこれワインの専門家なんて無理無理」

とか思っていたんですよ。

当時はワインの情報に関わるものは片っ端から集めていたので、

(ワイン自体は財布の関係であまり集めませんでしたが)

伊豆じゅうの本屋は片っ端から回りました。

今ではその本屋の半分くらい廃業して、

残っている本屋にもワイン関連の本はほとんどない状況となっています。

さみしいことです。

情熱大陸と石田博ソムリエとの出会い

それはテレビにも然り。

当時テレビジョンというテレビ番組表の雑誌があったので、

ワインに関わるっぽい番組はVHSに録画しておりました。

今のようにキーワードで一括録画みたいな便利機能はなかったので、

思い出すと当時はマメだったなぁと自分に妙に感心します。

そんな中、

テレビ番組の情熱大陸(まだ葉加瀬太郎さんがテーマやる前)で、

石田博さんというホテルニューオータニのソムリエさんが、

世界大会に挑戦する回をみて、

頭をガツンと打たれちゃったわけです。

残念ながら予選で敗退でしたが…

予選敗退という結果ではなく、

その所作や立ち居振る舞い、

ワインに向かう姿勢に

「ソムリエってなんてカッコイイんだ」

と頭をガツンと打たれちゃいまして、

ソムリエ資格取得を本気で目指すきっかけになりました。

この映像って現在ではどこにも出回ってないんですよね。

また見たいなぁ。

当時のアナログ勉強法と受験生同様の努力

それからは、

受験生並みに勉強してましたね。

私は大学受験を途中で破棄したヤロウなので、

こんなに本気で勉強したのは、

初めてだったかもしれません。

当時はスマホどころかPCもそれほど普及していなかった時代なので、

単語帳にボルドーの格付けシャトーを書いて、

ちょっと空き時間があれば、それを見たり、

テキストからフランスの10大産地の地図を透かして、

トレースしたものに地名を一から書き込んだり

時間があればワインのことをやっていたように思います。

デキャンタージュ練習とソムリエ試験一度目の挫折

ちなみに、

デキャンタージュは、

情熱大陸で見た石田ソムリエの所作を独学で真似しながら身につけました。

私にはソムリエの先輩がいるわけでもなかったので、

これにはとても助けられました。

ただ、

実際の試験のデキャンタって、

口がかなり細い!

私が練習用に買ったデキャンタの

半分くらいの大きさしか無く、

最初の受験では、

ワインをこぼしてしまいました。

恥ずかしかったなー。

っていうか、

試験では「ムートンカデ」っていう

当時多分¥1,000台のデイリーワインを使うのですが、

ン万のワインと考えたらゾッとします。

一度目の不合格がくれたもの

そんな失敗もあって、

ソムリエ試験一度目の挑戦はあえなく不合格に終わりましたが、

これ自体が会社から言われてやっていることではなく、

趣味でやっていることなので、

「こんなものか」とうそぶいて、

そんなに落ち込むこともなかったです。

試験の費用が無駄になったのは悔しかったですがw

ただ、

これだけ努力して

あれだけの緊張をする機会というものは、

日常ではなかなか得られないことだと思います。

そういう意味でとても良い経験だったなぁと思います。

2回目の時もそれはそれでトラブルがあったのですが、

それはまた今度書きます。

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